これがちくじんなんです! ・ ちくじんに依って、働きがいのある職場を創りだす。・ 中小企業の経営を革新し、良心的な経営者を勇気づけ、時代に対応する企業づくりを促進する。・ 全国の過疎化していく地域に対して職場の普及を目指す。・ 働く者が社会の進歩発展に影響力を持てる組織を創る。 夏の風景
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ちくじんの独り言

2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999

2007年12月 ちくじんの新しいホームページ 
ちくじんの新しいホームページ  http://www.chikujin.jp

札幌にちくじんグループの事務所を開設しまして、展開が大きく変わってきました。
手作りのホームページを作りました。当面は会員の情報公開として利用します。

会員のみなさまには、毎月「月刊ちくじん」で全国の経緯をお知らせしておりますが、情報が日々変化しております。
早く対応できるようにと思いまだ公にするようなHPではありませんが、情報を取得するためのツールとして作ります。合わせてご利用ください。
異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年11月 ちくじんビジネス 2
「ひと・もの・かね・情報」は経営の鉄則ではありますが、「ひと」と「もの」「情報」が全国レベルとなりました。皆様のお陰で販売体制も各ブロック代表幹事と点から線の動きが出てきております。

それぞれ業界に詳しい人たちがおられるので、ビジネス案件に対して問題点や課題の摘発が早くなりました。
みなさん人脈をお持ちなので、地の利を生かしたリサーチの結論も時間がかからなくなりました。

ちくじんビジネスのキーワードは「削減」「健康」「環境」と絞られてきました。

異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年10月 ちくじんのビジネス

これまで、ちくじんはホームページのようにバーチャルが主で実質的にビジネスを展開する組織には程遠いものでした。8月1日に「ちくじんクラブを設立以来、デジタルからアナログの世界でビジネスが進むこととなりました。
このクラブは、16年間の異業種交流会ちくじん、7年間の企業組合ちくじん、1年目の株式会社ちくじんの人脈を総合した「ビジネス創造クラブ」です。

独立を願う人の中には「ひと・もの・かね」を一人で思い願っていても中々進みません。また長く経営をされている人でも、同業種の中に埋もれてしまって情報や人脈に行き詰まりを感じている人もおられます。このような同じ悩みを持たれた異業種の人達が一緒になって突破口を開こうというものです。

現在、ちくじんに持ち込まれているビジネスアイテムは1万を超えております。ブランドものから特許モノ、食品から物産モノ、海外製品の国内販売など業種を問わず集まっております。これらを株式会社ちくじんが受け皿となって販売し、更に「ものの流れ」「お金の流れ」を組合員やちくじんクラブ会員にビジネスとして提供するものです。

営業に自信のある方や人脈に自信のある方であれば、新しいビジネスが直ちに立ち上がります。問い合わせいただきましたら、ご説明いたします。
異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年09月 田舎のテーマパーク

北海道の夏は多くの観光客が訪れます。道が広いのでドライブを楽しみに車やバイクで北海道一周を試みる人たちもおります。
函館にフェリーで降りて国道5号線で札幌まで282.7Km。札幌から国道12号線で旭川まで135.7km。更に旭川から国道40号線で最北端の稚内まで243.0km。合計661.4 km。これを一日で走る人もおります。

田舎の道を走ると、都会では見ることができない風景に出会う楽しみもあります。
国道40号線を旭川から1時間ほど走ると絵本の里として知られる「剣淵(けんぶち)」の町を通過します。この町に庭一面に手作りの風車を次々と制作をして廻している家があります。通るたびに新型が増えて楽しませてくれます。

何も大げさに投資をしてビジネスを組み立てなくても、身近なところからでも夢は叶えられると教えてくれております。
異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年8月 ちくじんクラブ発足
2007年8月1日「ちくじんクラブ」を、ちくじん事務所(札幌)を拠点として全国規模で発足します。

ニートといわれる若い人たちの中にも、生き方で悩んでいる人もおります。突然の会社倒産で、生き方の転換を余儀なくされた方もおります。また、団塊世代のように定年を迎えセカンドステージの選択肢を迫られている人たちもおります。生き方が問われている時代でもあります。
少子高齢化の進展や暮らし方・働き方の変化に伴い、そこに暮らす生活者の潜在的需要も多種多様です。地域課題に対応し、地域資源を活用しながら新たなビジネスに取り組むコミュニティビジネス等も全国各地で展開されております。
ちくじんは、異業種交流会15年、企業組合7年の経緯の中で全国に人の輪が拡大し、多くの人の生き方やビジネスに接してきました。これらの経験や体験を踏まえて、クラブに集まる人のビジネス交流を深め豊かに生きることを目的として開催してまいります。

異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年07月 ちくじんグループ本部開設のお知らせ
2007年6月20日、ちくじん発祥の地である札幌に「ちくじんグループ本部」を開設いたしました。
ちくじんの歴史15年間の総まとめの一章であり、ちくじんの開業となります。

ちくじん(蓄人)は人脈交流会として16年目を向かえました。
この間、企業組合ちくじん(2000年)、株式会社ちくじん(2006年)と法人化が進み全国に信頼できる仲間が増えてまいりました。

第一章のテーマは「開業・独立支援」です。
街中の気軽なコンサルタントとして、ひと・もの・かね・情報を提供します。
経営は株式会社ちくじんが行い、企業組合ちくじんは「ひと・もの・かね」のコンサルを提供していただきます。

近くに来られた時は気軽に顔を出してください。

事務所     〒003-0022 札幌市白石区南郷通20丁目南1番1号 
                  電話 011-868-3030 FAX 011-868-3031

交通機関   札幌駅から地下鉄で20分
         地下鉄東西線南郷18丁目下車3分
         千歳空港から大谷地バスターミナル30分/地下鉄乗り換えて一駅。
         高速札幌南インターチャンジから8分


異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年06月 ちくじん仕掛け人倶楽部2007がスタートします!
ちくじん仕掛け人倶楽部2007がスタートします!
組合員は参加が自由です、希望者はメールをください。kamiie@chikujin.net

仕掛け人倶楽部の目的
販売の仕掛けが可能な人たちに集まっていただき「販売の全国組織」を作るのがこの倶楽部の目的です。
http://sns.freeml.com/

5月7日より全国のちくじん会員のコミュニケーション・ツールとして「WEBMAIL みんなのHappyコミュニティ!freeml」の設定をおこなっておりました。

5月23日に「ちくじん仕掛け人倶楽部」の仕様に設営が終わりスタンバイしました。
企業組合ちくじんの組合員のみなさまの会社や個人の情報などで、売りたいもの・営業協力をお願いしたい案件などありましたら「売りたいモノ(情報)コーナー」へ掲載ができますのでご利用ください。
まだ、面識のない方やいったい何をやっている人なのか良く分からない人もいるかと思います。
自己紹介コーナーを設けております。こちらも大いに利用して、みなさまにお知らせください。

このfreemlは写真も簡単に貼り付けられますし、動画もできますので商品情報を瞬時にみなさんに分かってもらえます。

また株式会社ちくじん商材コーナーを設けました。
こちらでは、株式会社ちくじんが小さな商社の役割でみなさまに商材を提供いたします。

現在10のコーナーを設定しております。
コーナー情報の掲載期間は設けますので、早めにご覧ください。

<売りたいモノ(情報)コーナー>
このコーナーは、「ちくじん仕掛け人倶楽部」会員の会社(個人)が提供できる商品・製品・情報を提示してください。会員同士の自己責任で取引をしてください。ものが流れ(情報)ビジネスが成立しましたら、組合に手数料として3-5%をお支払いください。基本的には3%を目安にしております。

<株式会社ちくじん商材コーナー>
このコーナーには、株式会社ちくじんと生産者・メーカーと契約をした企業の商材を紹介していきます。みなさんで販売に挑戦をしてください。また、質問なども記入してください。


異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年05月 ものづくり経営者の販売支援総括

「ものづくり」は、ちくじんのゴールとするところでもあります。
昨年5月より株式会社ちくじんではものづくり経営者の販売支援を行なってきました。対象としていたのは、基礎研究者の商品化、第一次生産者の流通、工業製品の営業でした。
一年の戦いでしたがサクセスストーリーのポイントと手順が見えてきました。逆にやってはいけないノウハウも掴みました。
ようやく株式会社ちくじんの柱ができました。もう皆さまからどのような案件を持ち込まれても判断が早くできますし、モノによっては販売体制に乗せることも出来ます。それがちくじんの全国7ブロック体制です。

基礎研究  研究工房での発見なのでマーケットが先にあるわけではありません。したがって、ある発見されたモノは製品化できる可能性が無限にあるのが特徴です。民間がやるには、国の助成金制度が不可欠です。
ちくじんスタンスは工房の中で「モノになった状態」でビジネスにすることが寛容と思います。
        
第一次生産者 日本人の食に対する危機意識はまだまだ低いのが現状です。消費傾向が価格と品質において二極化されております。それに伴って流通も直取引や契約農家の獲得合戦に入ってきました。中央卸市場や仲買の衰退は避けられません。新しい商材を探す問屋業の生き残る道がどこにあるのかも見えてきました。クオリティーの高い生産者をどれだけ蓄積しているかで、ビジネスになると確信を得ました。また、これらをビジネスとして出来る人が、どのような人なのかも分かりました。

工業製品  「この製品は誰のために作られたのか?」「これをどれくらい売る計画なのか」これが答えられなければ、ちくじんで取り扱うのは難しいといえます。あるメーカーの経営者が、マーケットは販売をする人に自由に考えてもらいたいと言っている方がおりました。これは、角度を変えれば、ものづくりを本人が行なっていないという言葉でもあります。ここがポイントです。
しかし、どのようなモノでも売れないものはありません。一つ売るのか、一万個売るのかでビジネスが違います。経営者の器の問題です。


異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年04月 「総会屋錦城」

「総会屋錦城」は昭和33年下期の第40回直木賞作品です。
私がこの小説を読んだのがいつだったのか思い出せませんが、夢中で読み、次々と他の作品も読み漁りました。その城山三郎さんが3月22日に亡くなりました。
新しい分野「経済小説」は、その後企業小説・産業スパイ小説といった娯楽読み物として変質していきます。一歩間違えると企業の暴露本にもなりかねない分野で城山さんは毅然とした「経済小説」を貫いてきた作家でした。

訃報に対して五木寛之さんが朝日新聞に次のような言葉を残しました。
「一つの時代が終わったな、いうことだった。その「時代」とはどういうものかとたずねられても、簡単明瞭には答えようもない。漠然とした表現をすれば、経済活動に志がともなっていたとでも言えようか。」
「また、政治も、文化と、教育も、そしてジャーナリズムも、すべての分野でいま何かが失われつつあるような気配がある。城山さんの死は、まさにそのような喪失を告げる合図のように感じられたのだ」

何故、夢中で読んだのかといえば、経済活動から時代と国家の大儀を浮き彫りにしていたからではないかと思います。
10年以上前になりますが、ある名のある経営者が「城山三郎はもう古いんだよネ」と言った言葉がいまだに耳から離れません。




異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年03月 オンリー1のビジネス

企業組合ちくじんの柱は経営コンサルタント事業です。しかし、組合の事業は大きく分けると4つあります。経営コンサルタント・販売・IT・出版です。
この中でも全国の組合員に共通して「できること」は販売事業だと考えております。営業といえば抵抗がありますが、紹介と言えば誰でも人脈はありますので「商品と人」とのマッチングが可能であれば道は開かれます。
ましてや、オンリー1商品であれば地域で一番先に紹介できるモノです。

ちくじんはこの5年間、全国の人的ネットワークを活用して「モノづくり」をしている経営者の中からオンリー1商材を求めて選定してきました。
選定といえば聞こえは良いのですが、中小零細企業がモノづくりに挑むのは大変なリスクを持っています。世に出しても問題はないというモノはそう簡単なものではありません。

ようやく、一つ一つ商材が揃ってきました。
2007年ビジネスとして「モノづくり経営者たち」の商品や製品を、有識者の意見を交えてプレゼンテーションができるところまできました。
本来これらのビジネスは高額な代理店登録料を支払うか、フランチャイズ料が必要です。
ちくじんでは、これらの契約・受発注・支払いサイトなどを含めて管理業務を行い、全国の組合員に負担を少なくして提供いたします。


異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年02月 夕張
夕張という町は、明治21年炭層が発見されて以来、次々と炭鉱が開かれ昭和中期まで日本一の原料炭の産出量を誇りました。
一時は大小24の鉱山、人口12万人(昭和35)を数えましたが、昭和40年代に入って次々に閉山し、炭鉱の町としての歴史に幕を閉じました。
平成2年最後の廃坑とともに「ゆうばり国際映画祭」が町興しとしてスタートしました。
多くの「観光の箱物」を作ってきたこの町に今の日本を見る思いがしました。とうとう人口は明治30年(13 000人)にまで戻ってしまいました。
ここまでは、昨年夏に夕張支庁を訪れたときに記したものです。

お正月に再度夕張に行ってきました。
ちくじんが異業種交流会から起業家交流会に転換をしたのは1998年のことです。当時の話題は夕張ではなく芦別でした「旧産炭地に作ったテーマパーク(カナディアンワールド)」が衰退し市民に負担が重く圧し掛かっておりました。それから10年が経ちましたが、いずれも問題は戦後の日本経済そのものが浮かび上がっていると思います。
今回はマスコミの取り上げ方が違いました。第二の旭山動物園にのし上がる勢いを感じます。
しかし、過疎地は何も夕張だけではありません。
ちくじんが「あなたの街にもちくじん」を唱えたのが2002年1月でした。そうして5年経ちました。過疎地にちくじんのビジネスを届けたいと願って時間ばかりが経過しました。


異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

2007年01月 就職戦線異常あり
春の定期採用(学生)求人総数が1990年代初めバブル期にまで戻ったといいます。
これに伴い大手の人材派遣会社にも変化が起きているとのことです。
1992年から採用ゼロの企業も増え長い氷河期が続いておりました。特に94−96年は求人総数が1/2にまで落ち込み、超がつく就職難でした。大学の就職課は派遣会社に登録された学生まで就職率に入れるところまで出ておりました。
就職戦線がにわかに騒がしくなり、学生の売り手市場に切り替わりました。
採用を控えていた企業組織にヒズミがでてきたのと、団塊世代の退社対応に一因があるといいます。しかし、景気が悪ければ採用どころではありません。地域に格差があるのと企業や業種に格差が生じているので、本当に景気が良くなっているのか実感がありません。

定期採用の学生を30年間、採用試験を通して診てきました。
いつ社会人になったのか?その人のその後の人生に大きく影響をもたらしていると考えております。現役であれば、世に出る年は流れに沿って決まってきます。しかし、本人はそれほど意識して「世に出る時代」を気にしているわけでもありません。
一年のズレで「買い手市場」から「売り手市場」に立場が変わるのを何度も見てきました。
恐ろしいのは、本人はそれが当たり前だと思って社会人として歩みだすことです。
採用内定の囲い込みのためにハワイ研修と称して大判ぶる前をしていた時代が過去にもあったのです。
いずれにしても、求人が増えれば働く人が増えるので、2007年度は様々な分野で景気の良い話題が飛び交うことでしょう。

異業種交流会ちくじん  代表 上家二三夫

これがちくじんなんです!
ちくじんに依って、働きがいのある職場を創りだす。
中小企業の経営を革新し、良心的な経営者を勇気づけ、時代に対応する企業づくりを促進する。
全国の過疎化していく地域に対して職場の普及を目指す。
働く者が社会の進歩発展に影響力を持てる組織を創る。

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